kowuyamの日記

どうにか生きていきます。

いつか笑い飛ばすために、

残しておく。

 

私の今一番の恐怖は、

原因が過去にあることがわかっているのに、時間を遡って解決することはできないこと。

治せないのなら、自分は治らないのではないこということ。

自分が欠陥品なのではないかという恐怖。

父が今更変わることはあり得ないだろうし、あり得ても決して過去は変わらないし、父に対する感情が未来のその先まで変わらないだろうという確信。

父にいつか何かあっても、間に合ったとしても会いに行くことは出来ないだろうという確信。

そう確信してしまえる、自分への恐怖。

 

そんな自分が、結婚したり家庭を作ることは出来ないのではないかという、不安と絶望と、恐怖。

突き詰めると、つきまとって離れない、自分がここにいていいのかという、恐怖と、絶望。

カウンセリングのその後と経過。

夏が始まる前から、カウンセリングを受け始めた。

そして今、自分の感情が、得体の知れないものになっている。

 

初回の直後は、1週間くらい、やたらとイライラした。感情がささくれだって止まらなかった。

2回目からは、カウンセリングで話した内容を日常の中で思い出さないこと、部屋を出たら忘れること、と言われた助言を受けて、少し楽になった。

そうこうしているうちに、前回初めて、カウンセリング中に泣いた。

そこから半月くらい、やたらと泣いてしまう日常が続いている。

 

冷静な時には、具体的に言うと家族の話に弱い。存在を肯定する件が出てくるような、創作物にも弱い。

生き物はこんなに泣けるものなのかと自分で驚愕するくらい、泣いている。

小さい頃から、あまりというかほとんど、泣いたことなんてなかったのに。

まるで一定量涙を流さないと塞がらない、傷を誰かに与えられたかのようだ。

 

怖い、と感じることも多い。

一緒に住む彼の安否が気になる。

昨年の夏に、彼は車が一度で廃車になる事故に遭ったけれど、今そうなったら、多分耐えられないと思う。

何かあったら、その世界に母と妹がいなかったら、耐えられないだろうと思う。

 

そして今まで随分と傲慢に、人を傷つけていたのだなと、自分の所業にも怖くなる。今の自分でない頃の自分がしたことを、繰り返せないと思う。

 

こんなに人は、生きていて涙を流すのだろうか。

こんなに人は、生きていて恐れたりするのだろうか。

もしこれが普通で、みんなその道を通っているのなら、今までの自分は、人ではなかったのだと思う。あまりに何も、恐れていなかった。

 

感情の殻が、割れた音がする。

傷から溢れたものがいつ止まるのかは、自分でもわからない。

おかえり私の世界。

おかえり。

そう言われている気がした。

 

近所のケーキ屋さんでのバイトは、徐々に色々な仕事を任されるようになってきて、なかなかに楽しめている。

休むことも嫌がることもなし。

私も、私の心も、身体も。

店長さんや奥さんや他のバイトのご婦人方が、帰り際にはあれこれと、実家で採れたトマトやナス、作ったケーキやクッキーの端っこを持たせてくれる。

生まれて初めての立ち仕事だから痩せるかと思いきや、一向にその気配はなし。

クリスマス前後から始まる繁忙期に向けて、育てられているんだなあ、と感じる。ひしひし。

 

家事をしながら暮らす、そんな現状に不満はないけれど、ふと思い立って、家庭教師のバイトを検索してみた。

大概は大卒資格を求められるのだけど、そんな中でも一番マメに返事をくれるところが、専門卒でも可とのことで、今その研修に行ってきた、帰り。

契約内容や手順や指導の流れを教わってきた。

具体的な契約案件はまた後日、郵送か電話にて。

 

ケーキ屋さんのバイトの面接前は、不安で溜まらなかったけれど、今回は全くそんなことはなかった。ちょっと散歩に行く感じ。

事業所を仕切っている人がなかなかの切れ者で、久しぶりにわりと頭を回して会話をしたのも、楽しかった。

自分が勉強をしていて、躓いて困ったことは?の問いにだけ、即答できなかったけれど。

文字を教わる前から浴びるように本を読んでいたからかな。

 

少し、自分の世界へ帰ってきた気がした。

初めてのことだらけできっと全てが手探りだけれど、ほんの少し、楽しみ。

初めてのことが楽しみだなんて、いつ以来だろう。

 

 

どこから物事を視るかの話。

私の妹はYouTubeが好きで、

はじめしゃちょーが好きらしい。

 

昨日出かけていて、

MacBookの天ぷらの動画を観て、

「ゴミだって、最初に言ってるのにね」

と言っていた。

炎上したことを、少し不満そうに。

 

ゴミだっていうのは、誰が決めたの?

MacBookを売った人が、これはゴミです、って言ったの?

ゴミだって決めつけたのははじめしゃちょーじゃない?

と言っても、ピンとこなかったようなので、

 

例えば君はうさぎの縫いぐるみも好きだけど、もし古くなったその縫いぐるみを、誰かがゴミって決めつけて、燃やしたらどう思う?

君にとってのうさぎと、その人にとってのうさぎはどう違うの?

それはゴミじゃないの?

 

と返したら、ものすごく納得したらしく、目から鱗が落ちたような顔をしていた。

想像力と、どの立場から物事を視るかの話。

すごく印象的だったので、残しておく。

 

私にとっての大事なもの。

妹にとっての、大事なもの。

小さく旅する人生。

日本人の4割くらいは、生まれた土地を生涯離れない、と何かで聞き、驚愕した覚えがある。

 

北関東に生まれ、

親元を離れるために状況進学し、

静岡に就職。

色々あって実家が千葉に移り、

更に色々あって今は千葉と茨城で二重生活をしている。合法だけれど。

 

学生の頃も毎週のように東京に行き、

就職してからも勉強会のために、最低でも月に一回は東京に行っていた。多いと毎週。

電車での移動が全く苦じゃなくて、

読書と思想と安眠の、幸せな時間の使い道だと思っていた。

今も鈍行で、茨城へ帰っている。

また今月中に千葉に一度は戻る。

 

私は一生、小さな旅をし続ける性分なのかと思ったら、少し、嬉しくなった。

誰かに会いに行くために、旅をし続ける人生。

過保護のカホコと、理想と現実。その先にあるもの。

過保護のカホコ、第一話を観ました。

前半は、なんだこの異次元世界は。。という感じだったのですが、

最後の、カホコがどんな仕事をしたいか、と気づく場面で不覚にも、うるうる。

「誰かを幸せにする仕事がしたい。」

きっと私にしか出来ない仕事があるはず、と続く。

 

私も、そうだったなぁ、と思い出しました。

基本的に病院で働く仕事は、誰かの怪我や事故や、

そういうできれば避けたい事象の後に成り立っていて。

誰かの不幸の上に成り立ってるんだな、と思ったこともある。

それでも痛い思いをしたり、病気になったあと元通りにするために、

元には戻らなくても、その人がその人らしく、

病気や事故なんてなかったみたいに、生きていけるようにするためのお手伝いをしたい、と思ってた。

今でも、その気持ちに大きく変わりはない。

 

でも、病院でばりばり働いていた舞台から、私は一度下りざるを得なくなって、

今は毎日、第一線で働くうさぎさんの後ろ姿を見ている。

彼は私が一年目の時に既に五年目、今では八年目で役職がついていて、

今彼の在籍する通所の事業所に、理学療法士は、彼一人。

私には見えないものが、きっと彼にはたくさん見えている。

就職前に、この道で生きてみようと思えた時に、側にいてくれた人であり、

そういう道もあるのか、と教えてくれたひと。

根っこの部分では、私と大きくは変わらないひと。

でも話を聞いていると、一人で出来ることの限界ばかりを感じている、ように思う。

 

患者様を見た時に、ああこの人は、こうすればきっとここまでは良くなる、とわかる。

どうすればいいか、少しは経験も知識も技術もある。

だけど五十人弱の利用者様に対して、資格を持つセラピストは自分一人。

そこにどれくらいの、絶望があるのだろう。

新人の頃は、先輩のように結果が出せなくて、教えてもらったり空き時間を作ってもらい見学したり、

休みの日は勉強会に行ったり、必死だったけれど、ある意味では明確なゴールがあった。

その先に、あるもの。

誰かの幸せをつくる手伝いをしたい、誰かの役の立ちたいと願う、その先にあるもの。

時間も資源も人手も限られた中で、理想を通すその方法。

 

きっとこの問いに、明快な答えはない。万人に共通の答えもきっとない。

私もまたいつか、きっとそこにいきたいと思う。戻れたらと思う。

それまでに、考え続けていきたいと、思ってる。

なぜ私が、結婚したいと思えないのか。

就職して2年目に知り合い、とても可愛がっていた後輩に、子どもが産まれた。

心から、お祝いを贈る。

 

1年後輩の彼は、お日様の様に、よく笑う子だった。見るからに体育会系で、感動屋さんで、おじいちゃんおばあちゃんにも、先輩にも誰からも好かれて、でもいじられ役が多くて。

目鼻立ちが整っていたけれど、男ばかりの環境だったから出会いがないんですよ、とよく笑っていた。彼女ができないとか、卑下する様なことは言わない子。

一緒にアルティメットをするようになり、何年か成長を見ていた。

そんな彼が職場の伝手で女性と知り合い、子どもができたタイミングで結婚を決め、新婚旅行にお腹が膨れた奥さんと沖縄に行き、今月、子どもが産まれた。

最近会えなかったけれど、SNSでずっと、そんな彼の動向を見ていた。

 

同い年の、知り合って10年くらいになる友人達が立て続けに結婚した時も、うさぎさんとの共通の知り合いが結婚したときも、正直なところ、そうかーもうそんな時期になったのかあ、くらいにしか感想はなかったのだけど。

後輩に子どもが産まれたと聞いて、まず最初に思ったのは、

わたし、焦らないなあ、ということだった。

 

幸いなことに、うさぎさんも結婚したい、と言ってくれている。

結婚したら、今の一緒に住んでいる状況からどう変わると思う?と冗談交じりに返したら、子どもが欲しいから、と返ってきた。

彼は元々子どもが好きなのだけど、私が前に、いつか脳梗塞で倒れた祖母に、曽孫を見せたいと言ったことを、覚えているらしく。

要介護5がついて施設に入所している祖母に会わせるなら、早いに越したことはないからね、と笑った。

 

存在を望んでくれる、誰かがいる。

私との子どもを望んでくれて、

その子を誰かに会わせたいと、はっきり願ってくれる人がいる。

 

なのに私はなんで、結婚したいと思ったりしないのだろう?

 

思えば小さい頃から、結婚に対する憧れは、全くなかった。

中学生くらいで恋人ができ始め、将来結婚しようという可愛らしい約束さえも、微笑むしか返事をしてこなかった。

 

両親が、離婚しているから?

小さい頃から、父に叩かれて育ったから?

今も、存在を望まれていないから?

周りに離婚した人が多いから?

元男性恐怖症だったから?

結婚を決められるほどの付き合いをしていないから?

きっかけがわからないから?

 

わからない。

いつか、自分にも、憧れって感情は育つのだと思っていたのだけど。

子どもは、好きだし一度は産んでみたいと思うのだけど。

 

わからない。

 

今、カウンセリングにて、その問題も解きほぐそうとしているところ。

 

でも未だに、わからない。

わかる日が来るのかも、わからない。